新円切替 / Denomination 1946
日本銀行券(証紙貼付) 新円100円
収集家呼称:
印刷局呼称:
肖像:聖徳太子(皇族・政治家 / 574-622)
裏面:法隆寺(国宝・世界文化遺産 / 奈良県)
昭和21年2月25日通用開始
昭和21年10月31日通用停止
版式:
表=凹版1色+凸版3色
裏=凸版3色
※
日本銀行券(証紙貼付) 新円10円
収集家呼称:
印刷局呼称:
肖像:和気清麻呂
裏面:護王神社
昭和21年2月25日通用開始
昭和21年10月31日通用停止
版式:
表=凹版1色+凸版3色
裏=凹版1色+凸版2色
新円証紙
千円証紙、二百円証紙、百円証紙、拾円証紙が存在する。新円A号券が十分に供給されるようになったため、昭和21年10月31日をもって通用停止となった。
連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)ビル
歴史の教科書にも載っていた「GHQのビル」です。皇居のお堀端に今でも立っています。以前は「第一生命館」という名称でしたが、再開発により外観のみを残して「DNタワー21」と改称されています。我が国を占領している間、GHQは銀行券・硬貨・郵便切手の発行政策やデザインにも口を出してきました。
Supreme Commander for the Allied Powers
連合国軍 B号円表示補助通貨 100円券
昭和20年発行
本土流通はほとんどせず、その後米軍占領下の沖縄で使用されることになりました。
日本銀行券 A 100円
収集家呼称:聖徳太子4次百円
印刷局呼称:A百円券
肖像:聖徳太子(皇族・政治家 / 574-622)
裏面:法隆寺(国宝・世界文化遺産 / 奈良県)
昭和21年2月25日発行
版式:
表=凹版1色+凸版3色
裏=凸版3色
銘版:大日本帝國印刷局製造
※戦後の混乱期のため、民間の印刷会社で印刷
※新円標識「天平雲と桜花」を中央下部に印刷
聖徳太子のお札
Bank of Japan (Series A) 100 Yen
Portrait:SHOTOKU-TAISHI (Prince Shotoku / 574-622)
Backside:Horyuji Temple (The World Heritage / Nara Pref.)
Day of issue:25 Feb,1946
失効した旧円紙幣と区別するため、「天平雲と桜」をあしらった「新円マーク」が印刷された。実際には4次100円券にしか印刷されなかったが、「日本武尊A千圓券(刷色変更/未発行)」「藤原鎌足A弐百圓券(刷色変更/未発行)」「和気清麻呂A拾圓券(刷色変更/未発行)」といった製造段階で中止になった「新円マーク入り見本券」の存在が知られている。いずれも希少。
未発行の日本銀行券
A号百円券は終戦直後に発行されました。印刷局以外の民間印刷会社にも印刷原版を渡して製造してもらう、という平時であれば絶対にありえないような体制が敷かれました。記番号に仕掛けがあり、製造工場を特定することができます。最初の「1」は日本銀行券を意味します。(2は日本政府紙幣)「407」は組番号であり、90万枚印刷すると数字が一つ増えます。最後の2桁が製造工場であり、研究により「16」なら東京証券印刷(株)王子工場、「23」なら凸版印刷富士工場が製造、というふうに特定ができるようになっているのです。
「聖徳太子の百円札」すべてのバリエーション
日本銀行券 A 10円 (議事堂 10円)
昭和21年2月25日発行
表面:国会議事堂(東京都千代田区永田町)
裏面:文様
印刷方式:
(前期)
表=平版/裏=平版
(昭和24年12月-)
表=凸版/裏=平版
(昭和25年3月-)
表=凸版/裏=凸版
銘版:なし
※戦後の混乱期のため、印刷局の他、民間の印刷会社でも印刷
Bank of Japan (Series A) 10 Yen
Front side:Japan Diet Building
Day of issue:25 Feb,1946
日本銀行券 A 5円 (文様 5円)
昭和21年3月5日発行
版式:
(前期)
表=平版3色
裏=平版1色
(後期)
表=凸版3色
裏=凸版1色
銘版:なし
※戦後の混乱期のため、民間の印刷会社で印刷
Bank of Japan (Series A) 5 Yen
Day of issue:5 Mar,1946
日本銀行券 A 1円 (二宮尊徳 1円)
昭和21年3月19日発行
肖像:二宮 尊徳(農政家)
版式:
表=凸版3色
裏=凸版1色
銘版:なし
※戦後の混乱期のため、民間の印刷会社で印刷
Bank of Japan (Series A) 1 Yen
Portrait:NINOMIYA Sontoku (Aglicultural Leader)
Day of issue:19 Mar,1946
帝國政府紙幣 A 50錢
収集家呼称:靖国神社A50銭
印刷局呼称:A五十銭券
発行:昭和21年3月5日(1946)
廃止:昭和28年12月31日
(小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律により廃止)
※「昭和二十年」銘のみA券。表題が「大日本帝國」から「日本帝國」へ変更
表面:靖國神社(東京都千代田区)
版式:
表=凸版3色
裏=凸版1色
銘版:なし
Imperial Government note 50 Sen
Front side: Yasukuni-jinja shrine (Chiyoda-ku, Tokyo)
Day of issue:5 Mar., 1946
Day of Abolition:31 Dec., 1953
靖国神社
令和2年(2020)撮影。70年余りの間に、両枠の樹木が成長して大きくなっている。
日本銀行券 A 10銭 (ハト10銭)
10Sen
10銭
発行:昭和22年9月5日(1947)
廃止:昭和28年12月31日
(小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律により廃止)
版式:
表=平版3色
裏=平版1色
銘版:印刷庁製造
Bank of Japan (Series A) 10 Sen
Day of issue:5 Sep., 1947
Day of Abolition:31 Dec., 1953
国会議事堂5円
Japanese Diet 5Yen
5日元
発行:昭和23年(1948)
1円黄銅貨
1 Yen
1日元
発行:昭和22年9月5日(1947)
廃止:昭和28年12月31日
(小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律により廃止)
摘要:本券は額面1円であるが、素材の地金価値が額面を上回り、鋳潰される可能性があったことから、昭和28年に銭単位の少額硬貨を廃止する法律を施行する際、同時に廃止されました。
30銭=法隆寺五重塔
15銭=前島密
国号の表記が「大日本帝国郵便」(券面上は「右横書き」)から「日本郵便」(同)へと改められました。
1円20銭=法隆寺五重塔
50銭=炭鉱夫
たった一年で、郵便料金が4倍になっています。無茶苦茶としか言いようがありません。国号の表記が「便郵本日」(右横書き)から現在一般的な「日本郵便」(左横書き)に改められました。
5円=炭鉱夫
2円=農婦
ほんの10年前まで4銭で封書が、2銭ではがきが出せたことを考えると、実に物価が100倍になっています。
意匠も、皇室のご紋章であり国章に準じる扱いをされていた「菊花紋章」が削除され、さながら共産主義国家の切手のように「無名の労働者」が大きく描かれています。日露戦争のヒーローである「東郷元帥」と「乃木大将」が大々的に描かれて1930年代(当時からすると、ほんの数年前の事)とは隔世の感があります。
B券(昭和25年 - )/ Series B (1950 - )
日本銀行券 B 1,000円 (聖徳太子 1,000円)
肖像:聖徳太子(皇族・政治家 / 574-622)
裏面:法隆寺夢殿(国宝)
昭和25年1月7日発行
版式:
表=凹版1色+凸版4色
裏=凹版1色+凸版2色
用紙=三椏100%
銘版:日本政府印刷局製造
#聖徳太子
聖徳太子のお札
Bank of Japan (Series B) 1,000 Yen
Portrait:SHOTOKU-TAISHI (Prince Shotoku / 574-622)
Back side:YUMEDONO Hall (Horyu-ji temple, Nara Pref.)
Day of issue:7 Jan,1950
聖徳太子
法隆寺夢殿
B千円券から、券面に使用する文言は全て左横書きに統一された。ただし、戦前から使用されている「日本銀行総裁之印」「発券局長印」は例外として右縦書きのままとなっている。
日本銀行券 B 500円 (岩倉具視 500円 / 1次 )
昭和26年4月2日発行
肖像:岩倉 具視(幕末・明治期の政治家)
裏面:雁ケ腹摺山からの富士山(山梨県大月市)
版式:
表=凹版1色+凸版5色
裏=凹版1色+凸版2色
用紙=三椏100%
銘版:日本政府印刷局製造
#岩倉具視
Bank of Japan (Series B) 500 Yen
Portrait:IWAKURA Tomomi (Statesman / 1825-1883)
Back side: Mt.FUJI
Day of issue:2 Apr,1951
日本銀行券 B 100円 (板垣退助 100円)
昭和28年12月1日発行
肖像:板垣 退助(幕末から明治期の政治家)
裏面:国会議事堂(東京都千代田区永田町)
版式:
表=凹版1色+凸版5色
裏=凹版1色+凸版2色
用紙=三椏100%
銘版:大蔵省印刷局製造
Bank of Japan (Series B) 100 Yen
Portrait:ITAGAKI Taisuke (Statesman)
Back side: Japan Diet Main Building(Chiyoda-ku, Tokyo)
Day of issue:1 Dec,1953
板垣退助
日本銀行券 B 50円(高橋是清 50円)
昭和26年12月1日発行
肖像:高橋 是清(首相・日本銀行総裁)
裏面:日本銀行本店旧本館
版式:
表=凹版1色+凸版5色
裏=凸版3色
用紙=三椏その他配合
Bank of Japan (Series B) 50 Yen
Portrait:TAKAHASHI Korekiyo (JAPAN PM & Governer of the Bank of Japan)
Back side: Bank of Japan Head Office Old Main Building
Day of issue:1 Dec,1951
高橋是清
日本銀行本店 旧本館
南面に同行貨幣博物館が建てられてしまった上に、街路樹が大きく成長してしまい、銀行券に描かれた風景はちょっと見えづらい状況にあります。
政府紙幣 B 50錢(板垣退助 50錢)
発行:昭和23年3月10日(1948)
肖像:板垣 退助(幕末から明治期の政治家)
裏面:国会議事堂(東京都千代田区永田町)
廃止:昭和28年12月31日
(小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律により廃止)
版式:
表=平版3色
裏=平版1色
銘版:印刷庁製造
Government note (Series B) 50 Sen
Portrait:ITAGAKI Taisuke (Statesman)
Back side: Japan Diet Main Building
Day of Issue:10 Mar.,1948
Day of Abolition:31 Dec., 1953
日本の郵便切手は明治3年(1871)の創業以来、70年余りにわたって「銭単位」で郵便料額を表示してきました。昭和20年(1945)の敗戦以降、ハイパーインフレのために郵便料金は100倍程度に値上がりしましたが、これまでに発行された銭単位の切手は一部の例外を除いて有効とされました。
そうなると、たとえばアラビア数字で「2」とだけ書いた切手を発行すると「2銭」なのか「2円」なのか分からなくなってしまうため、上掲の写真のように「24円00銭」(銭の部分はアンダーバーをつけた小さな数字で表現)と表記された切手がしばらくの間発行されました。昭和28年12月31日限りで銭単位は廃止されたため、ようやく「00銭」の部分を省いた新しい切手が発行されるようになりました。
10円:ソメイヨシノ
5円:オシドリ
昭和28年末で「銭」の単位が廃止されてしまったため、額面数字は「円」を表す。
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参考文献
日本貨幣商協同組合 編「日本貨幣カタログ」(2012年版) 日本貨幣商協同組合(2011)
大蔵省印刷局 編「大蔵省印刷局 写真で見る100年のあゆみ」 大蔵省印刷局(昭和47年)
大蔵省印刷局 編「大蔵省印刷局百年史(第三巻)」 (財)印刷局朝暘会(昭和49年)
日本銀行調査局 編「図録 日本の貨幣(第9巻/管理通貨制度下の通貨)」 東洋経済新報社(昭和50年)
植村 峻「紙幣肖像の歴史」 東京美術(平成元年)
石原 幸一郎 編「日本紙幣収集事典」 原点社(平成17年)
石原 幸一郎 編「日本貨幣収集事典」 原点社(平成15年)
植村 峻「お札の文化史」 NTT出版(平成5年)